東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9945号 判決 1988年8月25日
原告
菊地聡
被告
日動火災海上保険株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、参加によつて生じた部分は原告補助参加人らの負担とし、その余は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一二〇二〇号損害賠償請求事件又はその上級審において原告が原告補助参加人広木誠(以下「原告補助参加人誠」という。)及び原告補助参加人広木つる子に対して負担する損害賠償責任の額が確定することを条件に、原告が被告に対し別紙保険契約目録記載の保険契約(以下「本件保険契約」という。)の他車運転危険担保特約に基づき右損害賠償責任の額と同額の保険金請求権を取得することを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 保険契約
(一) 被告と菊地陽子(以下「陽子」という。)は本件保険契約を締結した。
(二) 本件保険契約には他車運転危険担保特約が付されており、記名被保険者である陽子、その配偶者又は陽子の同居の親族が、自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項が適用される。
(三) 原告は陽子の同居の長男である。
2 本件事故の発生
(一) 日時 昭和五八年一〇月二日午後一〇時一〇分
(二) 場所 東京都葛飾区宝町二丁目三二番二四号先路上
(三) 事故車両 普通貨物自動車(足立四〇い八二三六号。以下「本件自動車」という。)
右運転者 原告
(四) 態様 本件自動車が交差点脇の信号機支柱に衝突した。
3 原告の損害賠償責任
原告補助参加人らは、本件事故により同人らの長男広木誠司(以下「誠司」という。)が死亡したとして、原告を被告として自動車損害賠償保障法三条に基づき請求の趣旨記載の訴訟(原告の損害賠償責任の額金四五四二万四六三八円)を提起した。
よつて、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁(約款による免責)
1 他車運転危険担保特約においては、被保険者が他の自動車の使用について正当な権利を有する者の承諾を得ないで他の自動車を運転しているときに生じた事故により被保険者が被つた損害については、保険金を支払わない旨を定めている(以下「本件免責条項」という。)。
2 原告は、本件自動車を、その所有者である有限会社広木製作所(以下「広木製作所」という。)の承諾を得ないで運転しているときに、本件事故を惹起したものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証、証人等目録記載のとおり。
理由
一 請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二 抗弁(約款による免責)について
1 抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、同2の事実について判断するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、成立に争いのない乙第二ないし第五号証の各一、二、乙第六号証及び証人広木誠の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件自動車は、原告補助参加人誠が代表者であり、プレス金型・プラスチツク金型の製造及び販売を業とする広木製作所の所有する自動車であり、右製品の納品等、広木製作所の業務のため専ら原告補助参加人誠が使用していたものである。
(二) 本件自動車は、原告補助参加人誠の自宅から数十メートル離れた駐車場に置かれていたが、その鍵は日ごろから原告補助参加人誠の自宅玄関内の下駄箱上にあるスリツパ置き裏のフツクに掛けられていた。
(三) 誠司は、原告補助参加人らの長男であるが、広木製作所の仕事に従事したことはなく、また、普通自動車の運転免許は取得していない。
(四) 本件事故以前にも、誠司が本件自動車の鍵を持ち出し、本件自動車を友人らに運転させて自らもこれに同乗して乗り回すことがあつたが、これを原告補助参加人誠が気付いたおりは、原告補助参加人誠は誠司に対し無断で本件自動車を使用しないよう厳しく注意を与えていた。
(五) 本件事故当日、原告は、友人の大谷慶永及び佐藤浩らとともに原告補助参加人誠宅に誠司を訪れ、同人らは本件自動車やオートバイなどを乗り回して遊んでいたが、原告が、右佐藤浩から本件自動車の鍵を受け取つて本件自動車を運転し、友人の高野方へ行く途中で本件事故に至つた。
(六) 本件自動車を乗り出すに当たり、誠司が前記場所から本件自動車の鍵を持ち出したものであるが、その際、原告補助参加人誠の明示の承諾は得ていない。
証人広木誠の供述中右認定に反する部分は措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。
ところで、本件免責条項の承諾には、黙示の承諾も含むものと解するが、右認定の事実によれば、原告が本件自動車を運転するについて、誠司の承諾は得ていたものの、誠司は本件免責条項にいう正当な権利を有する者ということはできず、正当な権利を有する者である広木製作所の代表者原告補助参加人誠の承諾については、明示的にはもちろん、黙示的にもこれを得ていなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、原告は正当な権利を有する者の承諾を得ないで本件自動車を運転しているときに、本件事故を惹起したものといわざるをえず、抗弁は理由がある。
三 結論
よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡本岳)
保険契約目録
一 保険の種類 自家用自動車保険
保険者 被告
記名被保険者 菊地陽子
被保険自動車 足立五八ね九六〇八号
契約締結日 昭和五八年七月九日
保険期間 昭和五八年七月九日午前九時から昭和五九年七月九日午後四時まで
保険金額 金八〇〇〇万円(対人賠償)
保険料 金八万九五九〇円
以上